2006.04.14

自治会の思い出[3/4]


こう書いていくと、「…と、自治会にどっぷりつかっていきました…」な展開になるように思いますが、私自身は段々距離を置こうと考えるようになりました。まぁ元々どっぷりやるつもりはなかったのですが、それでも感化されれば続ける事も可能性としてあったんでしょう…。沖縄という土地柄、米軍基地の問題は大きく重要な問題ですが、革マル派は即時撤退を声を挙げて反対していました。私も基地はない方がいいと思っていますが、現実に大学の友達でもそれに依存して生きている人はたくさんいます。そこから考えると段階的撤退が一番現実的なんだろうと今でも思っています。それだけではなくそういう色々な話をしても、こちらの意見には一切同意することなく向こうの意見や考え方を押しつけてきて、その意図を聞いても実はその人も上から刷り込まれた事で何の説得力もないと気づいたのが大きかったです。こちらが意見を言うと執拗に「どうして?」と繰り返す彼らお得意の論法でやってきました。そこからもわかるように、幅広い意見を聞くという事は一切なく自分たち大本営の考え方を天下り的に下に下ろすというのが実際の自治会の本性でした。

しかし単に受験によって専攻したい学科に来て、自衛隊がどうとか米軍がどうとか憲法がどうとか考え方は人それぞれです。それを学生の意見として強引に押し出すやり方は、彼ら自身が否定している少数意見の抹殺でした。よく彼らは大学当局や警察から不当な弾圧を受けていると事あるごとに言っていて、自分たちが勝手に立てた看板を大学側が撤去しても不当な弾圧だと言っていました。ある日、B4一面くらいの自治会批判のビラを作る事にしました。内容は先ほど述べたような、学生の統一した政治的思想なんて存在しないのに、いかにも自分たちが学生の代表した意見であるかのように振る舞い、結局は自分たちが批判している少数意見の抹殺を自分たちが率先して行っているという事。で、夜中に配ったんだけど、これが結構大学の学科の友達が手伝ってくれた。英語などの教養の授業の時に自治会が定期的に来て学生を缶詰にしてアジルという行為をしていて、その当時はそれ自体もそうだけど内容に対しても私以外にも反感を持っている人が多くいたし、まぁ大学生にもなればそれが矛盾だらけってすぐわかるわけで、たまに内容に対して私以外の人もやり合うようになっていた。まぁ自治会の人は例によって「どうして?どうして?」の連発だったけど…それが火に油って事もありましたが…。で、そのビラを夜中にコンビニでコピーして、友達と教養部の部屋に一部屋2,3枚って感じで配っていきました。

ところが次の朝になると、ことごとく回収されていました。そう、自治会の人が気づいて回収していったんですね。まぁ中には回収漏れなどもあったみたいで、あとからそういう話をした時「あれ、あなたがやったの!?」って言われたので一部の人は読んだんだと思います。これが転機になって私は晴れて反自治会?ってことで彼らのブラックリストに載ったと思われます(笑) 自分たちが立てた反政府や大学非難の看板を撤去されて抗議行動をするのに、自分たちの批判をされてその当局と同じ事をしているんならね…。あぁ、この人たちがもし国の指導者になったらソビエトみたいになるんだなって確信しました。

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