2012.10.08

四十而很惑


ついに40歳になりました。アラフォーという年代なんでしょうけど”アラウンド”は不要ですね。四十而不惑と言いますが…。

子供の頃は両親の結婚が早かったこともあり30にもなれば子供の二人でもいるかと思っていましたが、まさか40で独身のままとは想像していませんでした。

この歳までタイミングがうまくいかなかったかなと思うこともあります。結婚したいな…と思った人は今まで二人いて、あともう一人悩んだ相手もいます。面白いことにその3人とも遠距離になったな。なんでだろ(笑) 先の二人に関してはこちらが梯子を外された感じで結構傷ついたかな。二人目はごく最近だったりもしますが(笑) あとのもう一人は私が望めば出来たんだろうけど、他の案件もあり自分としては踏み切れなかったです。とっても好きではあったんだけど。

昔の彼女に対して未練というのはもう消えたけど、どうしてこうなっちゃったんだろ?とか、どうすれば良かったんだろ?とか思うことはたまにあります。女性関係で嫌なことがあったら昔のことを思い出してしまったりもある。そんなに自分が良くなかったのかな?…みたいな自虐的な感情が古傷を自傷行為のように自分で傷つけている感じはあります。その中で二人目の女性とデートしたりしてると心が軽くなってとても楽しくて、そういう昔のことも消え去って結婚出来ればと思ったのですが音信不通(笑) 口頭だけど婚約までしたのに(笑) 結婚式のキャンセルって結構多いって聞くのでそういう事ってよくあるのかも知れないな。

それ以外でも合コンしたり婚活女を紹介されたりはあるけど、ほんといい思いはしたことない。ああいう婚活女って何で不快感しか提供しないのかな? 30代半ばで自分が幹事の合コンはしないって心に決めてから合コンもなくなりました。まぁ、自分が呼ばれないのも一因なんでしょうけど。行き遅れたおばちゃんに給料いくら?見たいに聞かれるよりは参加しない方が幸せだけどね。そんなこと聞く人いるの?って? いるんですよ、信じられないだろうけど。

結婚どころか自分の誕生日を一緒に祝ってくれる一人の女性さえいない現実というのは不運と言うだけではないんだろうなと自覚はしています。そう、自分が悪い。性格やお金、健康…といろんなパラメーターがあるんだろうけど、そこら辺を自己分析出来ていないというか相手に求めすぎて自分に対しては過大評価というのが客観的な評価なのではないかと思います。

まぁ、でも40にもなれば誕生日を祝って欲しいという感情もなく、むしろ祝って上げたい的な気持ちの方が大きいかも知れない。Barでもおっちゃんが自分の誕生日をアピールばっかりしているのを見ると逆に寂しく感じるし、またそういう人ほど他人の誕生日に感心ないしね(笑) あと、もう結婚という選択肢も絶対的でもないような気がする。だって今子供が生まれても還暦で子供が二十歳になってないという状態ですからね。ただ、やっぱり守る者がないと生への執着は確実に下がる感じはします。無駄に生きてきたよな…って。

ここ10年、自分ってどうなるんだろ?ってよく思う。これからに対していろいろ仕掛けをしようと思っても潰されたり邪魔されたりもある。ある意味、子供に「お父さん汚い」って言われて、奥さんとはsexレスで…みたいな方が幸せかも知れないって感じることもある。そいつらだって突然いなくなれば困ることもあるだろうし。ここ数年は世間を漂うだけの存在になりそうな気がする。そのうち何とかしたいけど(笑)

幸い、自分にはまだ使える道具がある。もっと知りたいこともたくさんある。そのうちそれらが多くの川の流れが合流するように大きく育てればいいよな。それまでは四十而很惑ってことでいいか!(笑)

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