2012.10.21

四人だが誤認逮捕


PC遠隔操作事件で警察は四人にも及ぶ誤認逮捕を行った。これに関して私もPCやネットワークサポートを行うので人からよく聞かれる。PCの素人の人には「デキる暇人には対抗出来ない」と言って諦めてもらっている。ウイルス対策ソフトも個人的には気休めで、ウイルス感染した際に「対策ソフト入れていたんですけどね…」と言い訳するためのソフトだと思っている。Win機で金をかけたくないならMicrosoft Security EssentialsAVGAvastの無料版でも使えばいいと思う。道を歩いていて人に刺される可能性もあるがそれを怖がっていたら外出出来ない。そんな様なもんだ。

今回はウイルスの中でもトロイの木馬型のソフトがダウンロード(DL)したソフトに混入していたらしい。どうやら2chからPCの安定化ソフトを聞いてそのリンク先にそれがあった模様だ。DLするソフトはフリーだから良くないわけではない。私もフリーのソフトはよく使っている。ただ、それらは老舗の所からDLすることを勧める。例えば窓の杜Vectorなど。

ただ遠隔操作のソフトは世間にはいっぱいあり普通に使われている。MSでもPro版以上なら標準でリモートデスクトップという機能があり、他にもVNC(お勧めはUltraVNC)や有料ならLAPLINKSymantec pcAnywhereなどがある。もちろんMac用のソフトもあるし、UNIX/Linuxで考えるとそもそもX windowが遠隔操作のソフトと言っても過言ではない。つまり遠隔操作のソフトを全て排除することは意外に難しいし、全てが悪ではない。事実私も使用している。まぁ、ファイルを探すくらいで自分の家のPCの画面を遠隔操作することは実際にはほとんどないが。

捜査手法の問題

今回の最大の問題点は警察の捜査能力の問題とストーリー通りに調書を作文して無理矢理な取り調べを依然としていてることだ。犯人は正にそのことを言いたかったのだろうと思う。

まず、IPアドレス万能主義だ。私も少し前に存在を知ったのだがTor(トーア)という経路を匿名化するサービスがネット上にある。これはジャーナリストやスパイ、WikiLeaksに情報を送る際にも使われたと聞いている。他にもネットワークへの侵入方法はいくらでもある。例えば、都心に行ってそこで受信可能なWEPの無線LANをクラックしてそこから入る方法が一番たやすい。無線LANのWEPは現在のPCでは数秒から数十秒で破ることが可能と聞いている。だからWEP管理の所は少なくともWPAに変更することをお勧めする。WEPは「山」、「川」くらいのセキュリティだと思っておいて間違いない。でないとこういう踏み台にされる。踏み台にされて誤認逮捕される可能性も十分ある。多分、真犯人は家のPCからTorにつないだのではなく、外出してどこかの無線LANを破ってからTorを使ったのではないかと推測している。

この様にIPアドレスで誰がやったのか判断することは非常に難しいのに、それがあたかも(現代の)DNA判定や指紋の様に思っていることが間違いである。IPアドレスはどこのポストから郵便を投函したのか…程度の情報だと思った方がいい。経由地のサーバでログが残っていなかったり、そのサーバ自体の存在が消えたりすれば追跡不能になる。

もしIPアドレスが判明すれば、捜査は半分終わったようなものだと勘違いしていたというのなら、それはサイバー関係の捜査官とは言えないし、むしろそういう状況を知っていたのにも関わらずIPアドレスで犯人を特定できるというフリをしていたと言うことではないかとも勘ぐられてしまう。尿検査で覚醒剤反応が出たのと訳が違う。私はそういう状況だと知っていて捜査が面倒なので見て見ぬふりをしていたのではないかと考えている。

自白偏重主義が最大の問題

それよりも本質的な問題は先にも述べたとおり、警察が作文して検察は何の精査もせずに右から左へ流し起訴までしたことだ。そして裁判官が判決を下している(1件のみ、他は起訴取り下げや起訴まで至っていない)。自分がやっていないのに逮捕されて架空の物語を突きつけられて本当に可哀想に思う。何で無実なのに自白したのかという人もいるが、この程度の事件だと起訴されれば釈放や場合によっては書類送検とかもあるかも知れない。そもそもその凶行は実際に行われていないわけだし。で、早く自白・こちらの言うとおりの調書にサインしたら直ぐに釈放するよと言っていたのだろう。警察もPCを押収するのに逮捕しないと行けなかったんだろうが、個人的には逮捕する必要があったのかな?と言う案件だ。だって真犯人だったら実行した次の日にはPCにその痕跡を残していないだろうから。

よってここで考えられるのは、警察が高圧的な尋問の中、誘導的に調書を作文したのは確実だと言うことである。捕まった人は中身を知らないんだから供述のしようがないわけなのに。ここで旧態依然の捜査手法が真犯人によって露呈させられており、残念ながら真犯人の意に沿った状態になっている。逆説的には科学的な手法を使って十分な証拠固めが出来ないから自白偏重主義になると思ってもいいのかも知れない。

真犯人は何を考えたのだろうか

ここからは私の想像であるが、真犯人の意図と私の考えを重ねて述べてみたい。

警察ではないがホリエモンの逮捕・有罪の問題で私は彼はそれに値しないと思っている。企業の社長なら売り上げを上げろと発破もかけるだろうし、彼が不正を行ってでもする必要性がそこまでなかったのではないかと思う。で、彼が逮捕されて有罪で執行猶予のない実刑なら、

ライブドア事件: 53億円

日興コーディアル粉飾決算事件: 189億円

カネボウ: 800億円

とバランスが取れていない。日興コーディアルは検察は動いていなくて上場廃止にもなっていない。新聞では当日か翌日に「上場廃止か!?」とは出ていたが。これらも逮捕・実刑・上場廃止にならなければ気に入らない奴を捕まえてぶち込むと言う誹りからは逃れられない。

他にも厚生労働省の村木厚子局長が不当逮捕された障害者郵便制度悪用事件もいつの間にかフロッピーディスクの改ざん事件にすり替わっていて、検察は主任検事・前田恒彦、および上司の特捜部長・大坪弘道、特捜副部長・佐賀元明が悪人で検察の組織的関与はないよ的な態度である。いやいやいや、そもそもFD改ざんってFDは証拠採用もされていないし、それがあろうがなかろうが彼女が逮捕されて監禁されたのは変わりがない。多分、そこから小沢一郎につながっていると思ったのであろうが、恣意的にそういう事をしていたわけで、辻褄を合わせるためにFD改ざんをしたわけだ。問題の本質はFD改ざんではない。自分の気に入らない人を捕まえるために傍若無人に振る舞っている検察だ。面白いのは捕まった検察の人たちは警察や検察が反対している「取り調べの可視化」をまず最初に要求したこと。それをもっても彼らが普段どういう取り調べをしているのか窺い知れる。

そしてもう一つの問題点は警察や検察から情報が欲しいマスコミは警察や検察を叩かないことだ。障害者郵便制度悪用事件でも捕まった元検察官は叩くが組織として不当逮捕したことについて突っ込んで追求している所はない。今回の遠隔操作という言葉が出た時点でも作文して調書を作ったことは容易に想像できたが、最近になって一部の報道機関は定型文の様な批判記事は書いている様だ(東京新聞:社説)。それかマスコミも馬鹿すぎて、自分のあずかり知らない事件で不当な取り調べをされて不当逮捕された人が独りでに超能力の様に「こういう事をしました」と“自供”したと思っているのか?

最後に

真犯人を庇うつもりは一切ないが、警察や検察が稚拙な思い込み捜査の上で不当な取り調べをしていることを露呈させたかったのだろう。そして実際にそうだった。CIAやFBIでもクラッキングされるわけで先にも言ったとおりデキる暇人には対抗出来ない。コンピューター犯罪はそう言うことを念頭に置いて捜査する必要がある。

この手のずさんな捜査は特別公務員職権乱用罪や虚偽公文書作成罪でしょっ引かなければ減ることはないだろう。それを躊躇して真犯人を取り逃がすリスクもあるが、それと不当逮捕とえん罪は同じくらい罪な物だと思う。警察は今回不当逮捕した人たちに謝罪する様だが謝って済むなら警察はいらない。十分な捜査をしていない限り「誤認逮捕」ではなく「不当逮捕」だ。そして何の精査もせずに逮捕状を発行した裁判官も同様の罪があるはずだ。

ミッション:インポッシブルの1でPC担当のルーサーとトム・クルーズ演じるイーサンはこういう会話をしている。

イーサン

(君は)NATOのシステムを破ったただ一人の男だ。
ルーサー

だが俺がやったという証拠は何一つない。
あれはどこかの天才がやったんだ(笑)

 

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2012.10.11

WPのHTMLエディタのフォントを変更する


自分のブログにやっていたんだけど、やり方を忘れたのでメモとして残しておきます。

普段はWindows Live Writerでブログを書いているのですが、WordPressで企業サイトなどを作るときはWPのHTMLエディタで変更します。ただ、デフォルトのフォントサイズが小さいんですよね。以前は直接CSSをいじったりしていたのですが探し出すのが面倒だったり、バージョンアップごとにデフォルト状態に戻ってしまうので、テーマのfunctions.phpに以下のコードを追加します。

function change_editor_font(){
        echo "<style type='text/css'>
  #wp-content-editor-container textarea {
  font-family: \"メイリオ\", \"Meiryo\", \"ヒラギノ角ゴ Pro W3\", \"Hiragino Kaku Gothic Pro\", \"MS ゴシック\", \"Osaka\", sans-serif;
  font-size:20px;
  color:#333;
}
</style>";
} add_action("admin_print_styles", "change_editor_font");

これのfont-familyやfont-sizeを変更してカスタマイズしてみたらいいと思います。

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2012.10.10

沈むmixi


mixiへのご意見をお聞かせください先日からmixiの画面に「mixiへのご意見をお聞かせください」と表示されて、そちらを見ると「ユーザーファーストなmixiを目指して 皆さまのご意見をお聞かせください」と出ている。

これはある意味mixiが「今までユーザーファーストではなかった」と表明していることになる。確かにそう感じるし、mixiがオワコン(終わったコンテンツ)と言われて久しい。身売りなどの噂も出てきたりして、ここに来て経営者もこのままではまずいと感じたのだろう。ユーザーファーストでないと圧倒的優位だったコンテンツもオワコンと言われるまでになると言うことを身を挺して示してくれた好例と感じている。

もう少し個々の事象についてFacebook(以下FB)と比較もしながら考えていきたい。

足跡機能について

足跡機能はmixiの最大の売りであったが、この機能を復活させるのが今回の目玉らしい。2011年の6月にその機能を削除してから1年以上経っており、実際に復活するのも来年の1月らしい。現状ではマイミクとコミュニティ経由の足跡が週間単位でわかる状態である。この改変に関しては「mixi 足あと機能改悪反対!」というmixi内でのコミュニティも立ち上がり当初は私も参加していた。(参考:日本経済新聞記事)

これに関してはいろいろな意見があるとは思う。「なぜmixiがそういう措置を取ったのかわからない」という意見も見受けられる。そこら辺はmixiの意向は正確には知らないが、足跡が付くのを嫌がって知らない領域に立ち入らないユーザーが増えていたからではないかと想像している。足跡から自由になりいろいろなユーザーに訪問出来て交流が増えると思ったのかも知れない。

しかし日本人の特性で(こうまとめてしまうのもどうかと思うが)、自分が何を見たかより、自分が誰に見られたかを気にすることを考えると中々難しい。FBは足跡機能はないがそれは常に自分から何かを発信しないと独りぼっち感を醸し出してくれるが、足跡機能は例え大した発信をしてなくても自分がよそを見たときにその足跡返しがあったりして、オーバーな表現かも知れないが「自分は生きていて、人として存在を認識してもらっている。」という感覚になる。また、コミュニティ機能やNewsから自分が興味持った人に足跡を見てマイミクを申し込んだりと言うこともあった。私自身も交流のないmixiのみの関係の人とのマイミクは暫くしたら切っていっているしマイミクコレクターでもないが、それでも足跡機能がなければ現在のマイミクの数にはならなかったと思う。

足跡機能は固定された交流ではなく確実にユーザーシャッフル機能を果たしていたと思う。(なお、ここで言うユーザーシャッフルとは今まで関わりのなかった人と新たに交流するという意味合いで使用している。) 足跡機能は確実にメリットとデメリットがあり、mixiはそのデメリットを重視して削除したのであろうし、FBは足跡機能がなくてもユーザー数を拡大させている。あれだけユーザーの反対に遭いながらも強行するほどの重要な決定をいとも簡単に…それもこんな中途半端な時期に撤回していいのだろうかと思う。反対していたユーザーの多くもこの撤回を100%喜べるという人は少ないと思う。一言で言うなら「今更感満載!」

SNSたり得なかったのでは?

「mixiがよく使われている」と言う状態を考えたときに、ユーザー数とユーザーごとの使用時間や交流度合い(例えばメッセージのやり取りやコミュニティへの書き込み、マイミクが増える頻度)などいろいろな切り口や尺度がある。これも私の想像ではあるが、mixiの上層部は単純にユーザー数を増やしたかったのかと考えている。わかりやすい例で例えると常連Barには中々入りにくいけど、緩そうなCafeや喫茶店には入りやすい。スタバみたいにまずいコーヒーを出しても店には入りやすいから人は入る。

ただmixiが読み違えたのはスタバで隣の客と話をしないのと同様、緩い空間に濃い人間関係を構築することは出来ない。自分たちのプラットホームがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であると言うことを忘れたことにあるのではないかと言うことだ。事実、外部コンテンツを使ってmixi内に動線を持って行っているが、それがユーザーシャッフルな要素をもたらすことはNewsを除いて少ない。広告などの短期的収入やタイアップばかりを優先したばかりに中の人が取り残された感が出てきたのだと思う。SNSはメンバーの交流が第一でないと中身もなくなってしまう。SNSの本質はユーザー数ではなく交流の密度という形のない物だ。

ユーザー同士の交流について

SNS全般に言えることであるが適正サイズというのがあるのだと思う。その適正というのは人によっても異なることが問題を複雑化させている。また飲み屋での話で恐縮だが、4人くらいで飲んでいると全員で一つの話題を話すが、10人規模になるとばらけて2つか3つに会話が分離してしまう。それと同様な要素をSNSは孕んでいる。「昔はもっとアットホームで良かった」という意見はそう言うことだ。人数が多くなれば統制も取れなくなるし、相手によって言うことを多少変えないといけないし、少ない人数で話せた内容も話せなくなったりもする。2chでもバカの一つ覚えみたいに「通報する!」とか言っている奴がいて相手するのもうざい。人が増えると言うことはそういうバカが増えると言うことだ。

これはインターネット自体がそういう状態を経験していると思う。というのは昔(2000年前後)はBBS(掲示板)がネットにたくさん点在し、いろいろな書き込みがあった。BBSへのSPAM攻撃などでBBS自体が激減してしまったこともあるが、以前と比べて第三者からブログなどへのコメントが付くことは滅多にない。それは取りも直さずインタラクティブ(双方向)化された物がコモディティ(大衆)化してブロードキャスト(放送)化されたことを表している。昔は発信者の人格が重要視されたが、今はその書かれた内容が自分にとって有用かどうかと言うことが主眼に置かれている。それは検索エンジンの精度が上がったことも起因しているのだろう。

少し話がずれたがmixiもユーザー数が増えてユーザーの個性が把握しづらくなり、「交流する相手」から「閲覧するコンテンツ」になってしまった感はある。そこが停滞の要因だと考えているが、これは多かれ少なかれどこかでぶち当たる問題であろう。

ではFBはそういう問題に当たらないのかと思うわけであるが、FBの特徴として元々知らない第三者と知り合うことがない、と言うことが挙げられる。それは取りも直さず閉鎖性を演出している。多くのユーザーがいるにも関わらず、知り合いの知り合いが「友達かも?」という、友達ちゃうし…とか、友達ってぃゃぃゃそいつは嫌いなんだけど?…勘違い機能くらいしかない。

現にFBでは当たり障りのない事を書いて「いいね!」を押し合う不毛なお付き合いが延々と続いていたり、聞きたくもない自慢を聞かされたりがオチで、実質の用途としては同窓会サイトでしかない(学校という枠だけではないが)。つまりFBは基本的に元から知っている人とやり取りするのが9割5分以上で、知らない人と新たにつながることは非常に少ない。FBは生活において重要だけど、エキサイティングだと感じている人は少ないのではないかと思う。毎日同窓会だと飽きてくるわな。ただ人付き合いとして自分が発信しない限りFBでは存在を認識してもらえないのでなにがしかアクションを起こすわけである。好むと好まざると。

mixi独自の機能やアドバンテージについて

ではmixiにアドバンテージがないのかと言えばないとは思っていない。ただ先に結論を書いてしまうが「今テコ入れしても…」という思いがある。何でもそうであるが基本的には「落ちる前に対策を立てる」に尽きる。落ち出せばそれを持ち上げることは非常に困難な作業になるからだ。

そこに目をつぶって議論するとして、そのアドバンテージに思う機能としてはコミュニティ機能とNews機能だ。

FBのコミュニティ機能は非常に使いにくい。内容も全て時系列でmixiのスレッド化された掲示板はある種データベース的な役割を果たしている。例えばインプレッサラブというコミュニティは神経質で鬱陶しく感じるくらい質問に関しても書く内容に対してどのスレッドに書くか制限されている。ところがFBは内容に如何に関わらず時系列で流すだけで、過去の物は忘却の彼方に忘れ去られて再利用されることはほとんどない。データベースとチャットの違いに近い差がある。FBは正に「今を生きる」という感じか。

あと、比較的後発の機能ではあるがNews機能はいいと感じている。それは同じNewsに関心を持った人同士がやり取りする可能性があるからだ。以前はNewsに対する書き込みで炎上したりもしたことがあったが現在は冷めてしまって炎上することも少ない。そこから考えると炎上と活発な状態は諸刃の剣なのかも知れない。

mixiが終わらないためには?

最終的にmixiが生き残るにはユーザー数よりはその使われ方に依るのではないかと考える。上層部がどういう風に考えているかはわからないがどういう所に目標を置くか、と言うことに尽きる。私はキーになるのは先ほどから言っている「ユーザーシャッフル」と「交流の高密度化」だと思う。

「交流の高密度化」はそこまで説明は必要ないかと思うが、やり取りや書き込みが増えない限り活発な交流にはならない。例えば思い切って「いいね!」機能をなくしてもいいかもしれない。意外に思う人もいるかも知れないが、私自身は「いいね!」機能は交流の弊害だと感じている。例えば「いいね!」10回押されるのと、コメントを1回もらうのとどちらがいいだろうか? 携帯電話でもメール機能が付いて電話をする時間が減った。メールはある意味人間関係を遠くした作用があるが、それと同様に「いいね!」機能もそういう要素を含んでいると考えている。そうすることによって他人のNewsのコメントも「いいね!」ではなくコメントする。そもそも「いいね!」を押されても反応しようがない。でもコメントが付けば返信もする。

「ユーザーシャッフル」はmixiというプラットホームがなければ知り合えなかったであろう人々をつなげると言うことを期待している。それは誰にとってもエキサイティングだ。mixiが復活するにはそれしかないと思っている。FBでは知り合いの知り合いだと知り合いに対する世間体もあるが、Newsやコミュニティで知り合った人とはそういう遠慮はいらない。そういう空間は非常に重要で有意義だし、意見や考え方、趣味などで意気投合すれば住んでいる地域関係なくマイミクになれるわけでそれこそネットのメリットだ。FBもコミュニティ機能は存在するが、検索機能が弱くそれを探したり該当のコミュニティを見つけるのが難しく、mixiの方が一日の長がある。逆を言えばFBもコミュニティ機能をもっとインタラクティブに使えればもっと活発になると思う。

最終的なターゲットはユーザーのマイミク増加率(どれくらいの期間で一人増えるか)というターゲットを社内的に掲げてみたらいいのではと思っている。ユーザー数とマイミクの数は必ずしも比例関係にはないはずだ。個々人の動向をmixiがコントロールすることは出来ないが、「交流のしやすさ」は即ちそういう数字で表れてくるのだと思う。その前段階で書き込み数やログイン時間を増やさせないといけないだろうが、そこら辺は卵が先か鶏が先かと言うことにもなり難しい問題を孕んでいるだろう。しかし、既に沈めてしまったのだから足掻くしかない。

ただ一つ言えることはFBは知り合いや知り合った人と連絡を取るための「名刺ファイル」みたいな役目が大半であり、エキサイティングだと思って使っている人は少ないと思う。FBとて坂を転げ落ちだしたら早いであろう。いや、もう落ちだしているのかも知れない。

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2012.10.08

四十而很惑


ついに40歳になりました。アラフォーという年代なんでしょうけど”アラウンド”は不要ですね。四十而不惑と言いますが…。

子供の頃は両親の結婚が早かったこともあり30にもなれば子供の二人でもいるかと思っていましたが、まさか40で独身のままとは想像していませんでした。

この歳までタイミングがうまくいかなかったかなと思うこともあります。結婚したいな…と思った人は今まで二人いて、あともう一人悩んだ相手もいます。面白いことにその3人とも遠距離になったな。なんでだろ(笑) 先の二人に関してはこちらが梯子を外された感じで結構傷ついたかな。二人目はごく最近だったりもしますが(笑) あとのもう一人は私が望めば出来たんだろうけど、他の案件もあり自分としては踏み切れなかったです。とっても好きではあったんだけど。

昔の彼女に対して未練というのはもう消えたけど、どうしてこうなっちゃったんだろ?とか、どうすれば良かったんだろ?とか思うことはたまにあります。女性関係で嫌なことがあったら昔のことを思い出してしまったりもある。そんなに自分が良くなかったのかな?…みたいな自虐的な感情が古傷を自傷行為のように自分で傷つけている感じはあります。その中で二人目の女性とデートしたりしてると心が軽くなってとても楽しくて、そういう昔のことも消え去って結婚出来ればと思ったのですが音信不通(笑) 口頭だけど婚約までしたのに(笑) 結婚式のキャンセルって結構多いって聞くのでそういう事ってよくあるのかも知れないな。

それ以外でも合コンしたり婚活女を紹介されたりはあるけど、ほんといい思いはしたことない。ああいう婚活女って何で不快感しか提供しないのかな? 30代半ばで自分が幹事の合コンはしないって心に決めてから合コンもなくなりました。まぁ、自分が呼ばれないのも一因なんでしょうけど。行き遅れたおばちゃんに給料いくら?見たいに聞かれるよりは参加しない方が幸せだけどね。そんなこと聞く人いるの?って? いるんですよ、信じられないだろうけど。

結婚どころか自分の誕生日を一緒に祝ってくれる一人の女性さえいない現実というのは不運と言うだけではないんだろうなと自覚はしています。そう、自分が悪い。性格やお金、健康…といろんなパラメーターがあるんだろうけど、そこら辺を自己分析出来ていないというか相手に求めすぎて自分に対しては過大評価というのが客観的な評価なのではないかと思います。

まぁ、でも40にもなれば誕生日を祝って欲しいという感情もなく、むしろ祝って上げたい的な気持ちの方が大きいかも知れない。Barでもおっちゃんが自分の誕生日をアピールばっかりしているのを見ると逆に寂しく感じるし、またそういう人ほど他人の誕生日に感心ないしね(笑) あと、もう結婚という選択肢も絶対的でもないような気がする。だって今子供が生まれても還暦で子供が二十歳になってないという状態ですからね。ただ、やっぱり守る者がないと生への執着は確実に下がる感じはします。無駄に生きてきたよな…って。

ここ10年、自分ってどうなるんだろ?ってよく思う。これからに対していろいろ仕掛けをしようと思っても潰されたり邪魔されたりもある。ある意味、子供に「お父さん汚い」って言われて、奥さんとはsexレスで…みたいな方が幸せかも知れないって感じることもある。そいつらだって突然いなくなれば困ることもあるだろうし。ここ数年は世間を漂うだけの存在になりそうな気がする。そのうち何とかしたいけど(笑)

幸い、自分にはまだ使える道具がある。もっと知りたいこともたくさんある。そのうちそれらが多くの川の流れが合流するように大きく育てればいいよな。それまでは四十而很惑ってことでいいか!(笑)

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2012.09.08


車で走ってると虹が見えたので同乗の人が撮ったのをもらいました。わかりにくいけど二重の虹も見えました。前に見たときは撮れなかったんよね-。

虹 虹

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2012.09.06

堺筋倶楽部


堺筋倶楽部堺筋沿いで長堀通りと中央大通りの間に位置するいわゆる大大阪モダン建築の風情ある建物に入っているフレンチとイタリアンのレストランです。ああいう建物を今も守っているのはいいなぁと感じます。元々は丸ごと銀行が入っていたそうで、1階は天井が高くその面影を残しております。またフレンチとイタリアンといいましたが、その1階がイタリアンになっていて、それより上の階がフレンチとなっているようで、店に入るときはどちらを食べるのか決めてからでないと行けない仕組みになっています。今回はお店で催し物をしていたそうで11時45分くらいに行ったのですがイタリアンはまだ準備が出来ていないとのことだったのでフレンチを食べることにしました。

堺筋倶楽部

堺筋倶楽部

住所:〒542-0081 大阪市中央区南船場1-15-12

電話:06-6265-8000

営業時間

 Lunch / 11:30-14:00 L.O.
 Dinner / 18:00-22:00 L.O.

定休日:不定休

 

大大阪モダン建築のP.118に掲載されていますが、川崎貯蓄銀行大阪支店、建築年1931年とのことです。(→Wikipedia)

 


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堺筋倶楽部:1階のイタリアン

←こちらは1階のイタリアンのスペースです。フレンチはここを通り抜けて建物の奥にある階段から上に上がります。えー、階段がキツいという方はちょっと厳しいというのが実情です。

螺旋階段

金庫室のお部屋 電話交換室 電話交換室のお部屋 電話交換室のお部屋

今回は元々電話交換室だったお部屋で食事をしました。どうやらフレンチは個室ばっかりのようです。意外に子供連れでも行けそうな感じです。取りあえず3,500円のランチを注文しました(でも+1割のサービス料)。

堺筋倶楽部のフレンチランチ 堺筋倶楽部のフレンチランチ 堺筋倶楽部のフレンチランチ

堺筋倶楽部のフレンチランチ 堺筋倶楽部のフレンチランチ 堺筋倶楽部のフレンチランチ

堺筋倶楽部のフレンチランチ 堺筋倶楽部のフレンチランチ アイスコーヒー♪ 堺筋倶楽部の調度品

ライト料理は想像される水準でした。落ち着いて食べられるのは印象が良く、調度品などもいい意味で古めかしく、無駄な装飾が大正や昭和初期のモダンな感じを醸し出しています。最後にコックさんがわざわざ挨拶に来られました。暇だったのかな?(笑) 帰りの1階のイタリアンは1000円台のランチといことでいつの間にか満席状態でしたが、フレンチはそうでもないのかな? 

金庫室のドア

量は見た目よりは多く感じました。今回はあっさり目に魚と思って頼んだのですが後々空腹感を感じることはなかったです。あと個室になっていますがサービス料も付いているだけあって小まめに対応してもらえている印象がありました。ランチの値段で維持するのは難しいんじゃないかな…。一度、ディナーにも行ってみたいなと感じます。まぁ、毎月行きたいって感じではないなぁ(笑) 近所で働いているのならイタリアンランチを頻繁に食べに行くのはいいと思うけど。いつまでも残って欲しい店なのは確実です。

今回の部屋は3階の端っこです。

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